流行ってないのは既に存在するからだ

先日の講演の中で「ミニマリストは大流行したけど、ゼロ・ウェイストはまだ全然」みたいな話がちらりと出ました。確かに、いつぞやの、雨後の筍のごとくミニマリストブログが大量発生したような勢いは、私が知らないだけかもしれませんがあまり感じられません。日本在住の外国人の方々はコミュニティがちゃんとあったりして、そこそこ盛り上がっているように(外からは)見えるのですが、日本人は…。

 

私個人の想像ですが、やってみようと思って始めても、ゼロ・ウェイストを目的に生活するならまだしも、普通に生活する中では労働環境や買い物環境的に難しいものがあるので(都会はもちろんそうですし、田舎は田舎で意外に野菜などがパッケージレスではないらしい)、やる気を維持できないままにだんだんと取り組みが先細りになる、もしくは、私なんぞは「目指す」という言葉を免罪符に図々しくもゼロ・ウェイスター(わなびー・笑)とか言っちゃってますけど、完璧に出来てるわけじゃないからと敢えてゼロ・ウェイストという言葉を使わない遠慮がちな方がたくさんいらっしゃる、とか???

 

なんてことを考えていたのですが、最近検索かけたらこんなの見つけちゃって。

保土ヶ谷区「一人からできるエコ活動事例集」

 

笑いました。だってね、2011年作成のページですが、ここ数年で我々が海外のゼロ・ウェイスターから学んで取り入れたと思っていたことが既に全部ふつーーーーに書いてあるし(私が不勉強で知らなかっただけというのも大きいかと思いますけど、もちろん!)。

「量り売りで売っているものは、容器を持参して進んで買いましょう」とかね、普通に。

 

最近会社のおじさまから借りて読んでいる小説に次の一節がありました。

 

「元来ある種の風潮が話題になるのは、それがまだ地についていず、上べだけのことに過ぎないからである。本当に人々に消化され、地についたものになったら、そんなに取り立てて言われることはなくなるものである。」

 

元々エコ・コンシャスな人たちの間では既に定着している生活様式だから今更な感じがして誰も騒がないのかも??

 

…ほんとか?(笑)

 

追記:Bea Johnsonはこの保土ヶ谷区のページで書かれているようなことを自分の側のメリットに引きつけて再構築したところが新しくて、我々はそこに魅力を感じた、ということなんでしょうね。