追い求めない女-ゼロ・ウェイストで生まれた余裕

2017年9月5日

ゼロ・ウェイストなんてやってるのは若い女性でお金と暇のある人だけじゃん、というような批判があるそうで。

時間的余裕と金銭的余裕があって、若くて、健康で、きれいで、他人から好意的に受け入れられているからできる生活なのでは?みたいなイメージでしょうか(後半は、若くない私が僻みっぽく勝手に思っていることです・苦笑)。

 

時間とお金に関しては、卵が先か鶏が先か、みたいなもんだと思います。

 

私は一般的な基準からすればいかにもお金と時間に困らない恵まれたタイプというわけではありませんが、少なくとも以前の自分と、ゼロ・ウェイストを意識するようになってからの自分とを比べてみると、時間的にも金銭的にもかなりの余裕ができたように感じています。

 

割合若いころからミニマリスト気味な生活スタイルを志向していましたが、その頃は少なく持つ分常に最高の物を持てないと我慢がなりませんでした。そして、その「最高」というのは結局「そのときの自分が知る限りの最高」でしかないので日々簡単に覆されてしまいます。必然的に買い替えが多くなり、いつ何時でもより良いものを探し続け、入れては出すことを繰り返す、今にして思えば結構辛い時期でした。

 

それが、ゼロ・ウェイストを意識するようになって価値観が少し変わり、この常態化した出し入れがなくなりました。立ち止まったことによって自分の所有物を見直してみてたときに思ったことは、「もう十分、良いもの既にいっぱい持ってる」。

振り返ってみれば、愛用品はがつがつと探し回った挙句に入手したものよりも、偶然出会ったものが大半です。そんなことにも気づいてしまい、以降、自然な出会いを泰然と待てるようになりつつあります。

買い物のためのリサーチ時間が大幅に減ったので、その分やるべきことに時間を回せるようになりました。当然、買い物自体が減ったので出費も激減しました。

 

あとは量り売りに限った話ですが、実際問題として余計な浪費がしずらくなります。

というのも、先日、平日に休暇がもらえたので、ちょっと自由ヶ丘にでも繰り出して、まだ行ったことのないVOMFASSでビネガーとか買ってみたりしちゃおうかなー、などと浮ついたことを考えたのです。が、家の中を見渡してみると、空いているジャーがない…。そしてリンゴ酢も米酢も、近場で瓶入りで買ってきたものがまだ十分に残っているのでした。これが容器持参可の量り売りでなかったら、買いたいと思ったものを好きなだけ家に持ち込めてしまいます。ゼロ・ウェイストのおかげで、私は室内空間を迂闊に圧迫しなくて済み(自然と収納場所のサイズにあった生活をするようになるという点で、これほど都会暮らしに適したポリシーは無いんじゃないかと思います)、不要な浪費を抑え、時間を節約できたのでした。

 

いったんうまく軌道に乗れば、楽で穏やかな生活に繋がるであろうゼロ・ウェイストなので、若い女性だけのものと切って捨てられてしまったらすごくもったいない。なので……おばちゃんも、しつこくブログを書き続けようと思います。