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本は図書館派

 

2017年2月16日

 

昨日図書館から電話がありました。

去年の10月初めに予約した本の順番が回ってきたから取りに来るように、と。

予約したときから4ヶ月も経っているし、すっかり忘れていました。

まぁ、うっかり新刊を予約してしまった場合にはよくあることです。半年以上待ったこともあります。

 

それでも本は図書館派です。

学生時代、教養課程で受講した社会学部の講義で、教官が「読むに値する本を読みなさい。そういう本はどこにあるかって?図書館です。本屋はだめです。本屋には『売れる本』しか売ってません」とか言ってましたし!(貧乏人にとってはそう思っておいた方が都合がいい・笑)

 

本は子供のころから大好きでたくさん持っていましたが、

引っ越しや部屋の模様替えの度、そのボリュームと重さに辟易していました。

それでも本を手放さなかったのは、所有している本=自分の勉強の歴史、自分がこれだけの知識を吸収してきたことの証明、みたいに思ってしまっていたからでしょう。

本を手放してしまったら自分もゼロになってしまうようで怖かったのだと思います。

 

が、2年くらい前のこと、後生大事に取ってあったハードカバーの文学全集(持ってるだけで滅多に読まない)の埃を払っていたら、名前は知りませんがウールに付く虫の抜け殻が大量に付着しているのを発見してしまいました。

…日々活用しない持ち物はこういうことになる…。

ぞっとして、そこから、本も含めた持ち物の処分に拍車がかかりました。自我の消失とか言ってられません。清潔第一です。

 

それでも未練は残るため、どうしても取っておきたい本は順次電子書籍に買い替えようということで自分を納得させました。

で、買い替えてまで持っておきたいかどうかを確かめるため、何冊かの本を読み返してみたのですが、これが何と、10代20代のころに非常な感銘を持って愛読していた本たちが全然面白くない。

は?何言っちゃってんのこのおっさん、とまで思ってしまったりする。

人は変わるものなのだなと遅まきながら悟りました。その時代時代で自分に合うものって全然違ってきちゃうんだ…。

 

このことがあってから、本の購入にはかなり慎重になっています。

まず図書館で借りて内容を確認。たいていはそこで満足して終わります。

手元に置きたいと思ったら、なるべく電子書籍で探します。電子で出ていなければ今のところはほぼ諦めています。

 

そして、大量にあった本が無くなった部屋は空気が軽くなり、掃除が楽になりました。自分の過去の歩みも、本が無くなったことで消えてしまうほど脆弱なものではありませんでした。自分の中で、自分の価値は下がりませんでした。

 

本に限りませんが、「こんなものに興味を持っちゃう面白い私」アピールで物を抱え込んでいたようなところもあったような気がします。

最近は、何かを手にいれようとしているとき、それが自分にとって本当に必要なのか?人に誇示したくて入手しようとしていないか?ということを必ず問うようにしています。

 

しかし、歳を取って変な自意識が薄れてきたのはありがたいことですが、それが高じて、食べ物と衛生消耗品以外の実体のあるものをなるべく家に入れたくないとまで思うようになりつつあり、これはこれでちょっと問題があるような気もしています…。


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